『大島椿ファンサイト』
アクセスいただきありがとうございます。大変申し訳ございませんが、当ファンサイトは
モニプラ内でのサービスを終了させていただいております。
終了したイベント、モニターに関するお問い合わせは、下記までお願いいたします。
お問い合わせ先 |
大島椿株式会社 |
---|
乾燥しちゃってまとまらなーい!そんな方の為に!「大島椿ヘアクリーム」の紹介だよ~乾燥は扱いにくくて面倒なだけじゃなくダメージヘアの原因!しっかりケアして乾燥を防いであげる必要がありますこのダメージケアに使うのが大島椿ヘアクリーム大島椿ヘアクリームはさらっとした仕上がりで重くならない!と喜ばれていますo(^-^)oクリームって、ウエット感が出て重々しい感じになりがちですが!このヘアクリームはサラリとした仕上がり❤椿油とツバキセラミド配合で髪を保護しながらダメージを防いでくれちゃうんだよね朝のブローの時に使えば日中の乾燥も防いでくれるから、ブローも決まります髪の乾燥・ダメージが気になる人はヘアクリームに苦手意識のある人にもオススメのヘアクリーム。・大島椿ヘアクリーム(さらさらタイプ)・大島椿ヘアクリーム(しっとりタイプ)http://www.oshimatsubaki.co.jp/ost/products/haircream.html大島椿ヘアクリームで「補修しながらまとまる艶髪に」「椿油」と「ツバキセラミド」を配合。傷んだ髪を補修するとともに、「椿油」が髪表面をコートしてダメージの進行を防ぐことによって高いトリートメント効果を発揮しますミネラルオイルを一切使用していない無香料・無着色のアウトバストリートメント兼スタイリング剤です。<アウトバストリートメントとして>アウトバストリートメントとして、ドライヤー前に髪になじませるだけ。傷みを補修し、使い続けるほどに健やかな髪に。<スタイリング剤として>朝のスタイリング時にもなじませることでパサつきを抑え、艶とうるおいを与えます。@cosmeでのヘアクリームのクチコミこちらもチェックしてみてね♪ヘアクリーム(しっとり)http://www.cosme.net/product/product_id/10018356/reviewsヘアクリーム(さらさら)http://www.cosme.net/product/product_id/10018357/reviews他にも、このような商品があります商品ラインナップ 全商品今日は、大島椿様より嬉しいモニターのお知らせがあります。上記で紹介した大島椿ヘアクリームを抽選で20名様にモニタープレゼントみなさんも是非このイベントに参加して大島椿のダメージ補修力を体験してみませんか?<参加方法>ご興味のある方は、まず『参加する』をクリック参加のときにアンケートにお答えください参加時に大島椿へのひとことをいただけると嬉しいです。もしよろしければ、イベントの紹介などもお願いします。当選者の方にはお知らせメール後、『大島椿ヘアクリーム』をお送りします『大島椿ヘアクリーム』を使った感想をブログで書いて投稿してくださいモニターへの参加は、こちら大島椿ヘアクリームは椿油&ツバキセラミド配合☆うるおいとつやを与えまとまる髪に商品の詳細は、こちら企業紹介大島椿株式会社ツバキ専門メーカーの大島椿です。天然の椿の種子から搾った100%植物油『大島椿』をはじめ、椿油配合のシャンプー・トリートメントなどのヘアケア用品、また人間の皮脂と同じ成分を含むという椿油の特性を生かした低刺激性のスキンケア製品など、椿油にこだわった製品をお届けしています。ちょとここで、大島椿の歴史をご紹介温暖な気候に恵まれた伊豆大島。そこに自生する椿から採れる黄金の油を広く世に紹介したのが創業者 岡田春一氏です。(左の写真)明治33年広島県豊田郡に生まれ、政治家を志し早稲田大学に進学。卒業論文を書くにあたり訪れた大島で、その美しい雄大な自然に感動し、島の発展、開発に一生を注ぐ決意をします。創業当初のボトルデザイン昭和2年、コロッケ6個~8個が10銭の時代にツバキ油は小瓶40ml位で30銭と高級な油でした。30銭用意できない人にもツバキ油の良さを理解し使って欲しいと銅壷にツバキ油を入れ一軒一軒、訪問販売の量り売りから始めました。926年大正15年(昭和1年)2月25日:昭和に改元1927年(昭和2年)合資会社大島椿製油所を伊豆大島に設立日本初の地下鉄(浅草~上野間)開通モボ、モガが流行語カレーライス10~12銭1929年(昭和4年)世界恐慌始まる大学卒業者の就職難深刻(東大卒の就職率30%)1930年(昭和5年)東京市小石川区西古川町に東京工場設立(現在の文京区)「大島椿ポマード」発売銀ブラが流行語コーヒー10銭 映画館入場料40銭こうして見ると、本当に歴の深い大島椿だと思いました。このマーク見た事あるでしょ?わたしは、小さい頃から見ているので懐かしいな~なんて思います。大島椿の商標と同時に誕生したのが、「大」と「椿」の文字を組み合わせたダイツバキ印(マーク)。外側の二重丸に見える部分は、「大」の字がデザイン化されたもの。椿の花のデザインは、線画の椿から大胆な一輪の紅い椿になり、現在までどちらも変わらず使用しています。戦前の主な販売先は、店で小売する他、雑誌社の購買部やデパートでした。当時のデパートで扱われる商品は、きびしい商品検査を通過した一流品ばかりでしたので、デパートに商品を納められることは大変なステイタスでした 。昭和25年頃の大島椿の宣伝カーです↓第二次世界大戦後の混乱期には、伊豆大島のツバキ油と称してツバキ油以外の粗悪品が出まわった為、全国各地への宣伝活動を行いました。昭和25年頃から約 5年間行われたこの宣伝活動は大型バスをキャンピングカーのように改造し、大島のアンコさんを乗せて、1県を2~3週間かけてまわりながら全国津々浦々行脚するというもので、テレビが無い時代に大島から来たアンコさんの歌と踊りは大変珍しく、1日1000本売れることも珍しくなかったとのことです。大島椿の歴史が、少しでもお分かりになりましたか?実家にも、祖父母の家にも昔からありました。ボトルも、今の原型と余り変わらぬ感じで一目見て、大島椿だと直ぐに分かる黄色のパッケージとどっしりとした瓶が印象的でした。
なおっち 2013-02-25 16:16:10 提供:大島椿株式会社
Tweet |